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• 金曜日, 9月 29th, 2017

台湾の中部の観光地日月潭と九族文化村の間にロープウェイが開通されて、全長1,877mを誇るロープウェイは、2つの山が位置しており九族文化村に行く際に楽しく乗れますよ。日月潭寄りの卜吉山と九族文化村寄りの8号柱はなんと1044mの高さがありますので、この2つの山の間の距離は、786mにもなり、その山間の一番深いところは140mにもありますので、下を見下ろすだけでスリル満点の気分ですね!日月潭ロープウェイ駅の2Fから乗車する際にチケット1枚で往復分になります。九族文化村への入場は、入場料大人780元、学生680元、小学生580元、60歳以上、身障者手帳をお持ちの方、妊婦、6歳以下で100cm以上の子供は390元ですが、料金にはロープウェイ代も含まれます。ロープウェイ乗車の際に、手に蛍光スタンプを押してもらって1Fの観山亭を入って、左側は日月潭からの往復ロープウェイに乗ると九族文化村へ入場しない客たちの乗り場です。九族文化村は少数民族の文化も味わえますので、是非一度も入ってみてください。

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• 月曜日, 9月 25th, 2017

はローカル線の平渓線に乗って、終点の菁桐駅に行ってきました。この地方は実家に近いですが、意外に何回しか来たことありません。行った日はすっきりしないお天気ですが、雨が降りそうけど降らない曇り空でした。このお天気が、平渓ならではの独特の天気らしいです。菁桐駅は、1929年に建てられて70年以上の歴史がある古い駅で、今は国家三級古跡に指定されています。現存している日本式木造駅は全部で4つの中にその中の一つでもあり、保存状態はなかなか良好です。今でも毎日多くの観光客に利用されています。駅から降りたら、菁桐名物の「雞捲」の店が何軒もありました。列車の中でお弁当を食べてもまた食べたくなってしまい、さっそく買って家族でシェアしました。チキンロールはうちの母もよく作って、日本人だと想像できないかもしれませんが、中身は、豚肉、タロイモ、タマネギ、ニンジンなどがあって、それを湯葉で巻いて揚げています。いつの間に菁桐名物のグルメになってしまったそうです。

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• 木曜日, 8月 17th, 2017

台湾の台所と呼ばれる雲林は今でも農業も盛んですが、日本統治時代の建物が大切に残されて田んぼ以外にも様々な魅力を見せてくれる場所があります。そしてもうひとつ忘れてはいけないのが台湾での伝統的な民間ドラマ「布袋劇」といいます!台湾語でポテヒと呼ばれ、民間の大衆文化として学べられる雲林布袋戲館が設立されています。ここに来たら布袋劇をじっくり学ぶことができます。館内入って右手に代表的な劇団の歴史や簡単な紹介、また写真や図など素人にも分かりやすく説明がありますし、左側には布袋劇に使われる人形や衣装、楽器などが展示されています。人形と言っても役柄によって服装や表情もかわりますので、布袋劇の種類によって大きさも様々でとても意味が深いです!布袋劇や歌仔戲によく出てくる役割が多いため、顔にはきれいなペイントが施されています。ちなみに6つの役柄について説明していたことにもも勉強になりました。台湾で育てられてきた私も子供の頃にはよくテレビで見ました。

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• 金曜日, 7月 28th, 2017

古くから昔から茶葉や乾物・漢方薬、布地の問屋街として栄えて来た迪化街は、つい最近、台北市が掲げた都市再開発計画により、どんどんと新たな姿に変貌を遂げているエリアになりました。そんな進化し続ける迪化街に2迪化二0七博物館が新たに登場しました。昔ながらの乾物屋さんや布地屋さんが少しずつ姿を消してしまい、代わりにMIT(台湾製造)グッズを販売する店やオシャレなカフェレストランが増えつつありますので、このエリアはついに博物館を成立されました。古い迪化街と新しい迪化街を繋ぐそんな素晴らしいスペースには迪化街の歴史と文化、そして生まれ変わって行く街並みはとても芸術性の高い建物はいっぱいあります。この辺は元々の持ち主により2006年に売却に出されて台北市の文化資産として保存の対象となり、建て替え、また改装は簡単にはいかなくなりました。歴史を保存して、広くに開放しようという同様の考えがあり、生まれ変わらせたのがこちらの迪化二0七博物館になりました。

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• 金曜日, 7月 21st, 2017

1995年5月8日に、タイのチェンマイで喘息による発作を起こしたテレサテンは、42歳の若さで亡くなりました。当時私もまだ子供だったですが、大勢な方々は泣いた映像はテレビに放送されて、やはりものすごく影響がある用です。死後多くの霊園が土地提供に名乗りをあげましたが、最終的に遺族が山に囲まれ、海も望めるロケーションを誇る場所を選びました。霊園の名前は金宝山と言います。テレサは今ここで眠っていますが、お墓にはいつも無数のお花が手向けられましたので、今でもその人気がありつつですね。私たちもこのきっかけで合掌しました。ちなみにテレサの本名は鄧麗筠なのでお墓は、本名から一文字取って筠園と名付けられています。墓石は南アフリカの大理石、そして、棺の蓋には薔薇がありました。テレサのお墓の前は記念公園にあります。中には音符をかたどるように植えられたお花の中でテレサが気持ち良く歌っているようなゴールドの像があり、彼女の歌もずっと放送されてまるで巨大ピアノも音を奏でています。

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• 金曜日, 6月 30th, 2017

彰化から豊原の間に繋いてる昔の街道とも言える萬和路は、なだらかな湾曲もある狭い道で古い町のままで保存されて、交通量はかなりあります。その昔「犁頭店街」と呼ばれたのは、当時牛車を引く人たちが行き来によくして、その人たちのために農機具や牛用の道具を売る店が多かったからこのような名前になりました。今でも当時の流れを引く店が一軒残り、祖先から受け継いできた伝統を受け継いでいきたいという若者が斧造りに携わって昔の町風景を見たいならとてもおすすめの場所です。昔の街は、寺廟が中心になって栄えてきたと言われて、萬和路の入口にも萬和宮、後方には受験の神様文昌宮があり、受験のシーズンだったらとても賑やかです。
老街に入ると、昔はお供え物を中心に売っていた林金生香という店がありますが、今は5代目が継ぎ、昔の街の様子や店の歴史を伝える会館を作り、この老街を盛り上げようとして代表的なシンボルです。台中住民に言わせると、中心部より食べ物や買い物などが安くて、最近は「老街」を好む若い観光客も増えて台湾の文化を触れ合えます。