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• 木曜日, 6月 25th, 2015

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北投公園内に建つ「温泉博物館」。レンガと木造で構築された大きな建造物は緑の中で一段と際立ちます。「博物館らしい建物・・・」といえばそう見えなくもありませんが、実は始めから博物館として建設された建物ではないのです。それでは、以前は一体何に使用されていたのでしょうか?

大阪商人・平田源吾が北投温泉初の温泉旅館「天狗庵」(現在北投渓脇)を開業。のちに日本統治下にあった1913年6月、台北州庁により静岡の伊豆山温泉をモデルとした北投温泉公共浴場を建設。これが温泉博物館の前身です。

「温泉博物館」が建つ北投の温泉街は、ゆるやかな山の坂道沿いに形成されています。そのため、入り口を入ると2F(!)というユニークな造りになっています。なんだかシャレていますね。洒落具合は入り口の構造だけではありません。当時の時代の流れでしょうか、1Fはイギリスビクトリア様式の洋風、2Fは日本の伝統建築要素を取り入れた和風という和洋折衷な造りとなっています。

台北からMRTで気軽に行けるというので行ってみました。 駅からだらだら続く坂道を暑い暑いといいながら(1月だったのに気温は23度ぐらいだったのでは?)上っていくと見えてきました、博物館。 靴を入れるところも銭湯風でおもしろく、施設内も充実していておもしろかったです。写真をたくさん撮りました。こういう建物興味深くて好きなので。

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• 月曜日, 6月 15th, 2015

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鹿港は見どころが集中していて、基本歩いて回る感じかなと思います。私の時は、天気の良い日でかなり暑く歩き回るのが大変でしたが、細い路地をきままに歩くのはとても楽しかったです。

参考までに私が歩いたのは次のとおりです。(昼食、写真を撮りながらなので3時間程度の所要時間がかかっています)。

バス終点→観光案内所(地図をもらいました)→天后宮→参道前の食堂で昼→老街→九曲巷→龍山寺→摸乳巷と北から南にむけて歩きました。(各観光ポイント間はとても近くてうっかり気付かず通り過ぎたり)月曜日でしたので、老街の店はほとんど閉まっていましたが、観光客の姿はちらほら程度でした。暑さで食欲減退し、楽しみにしていた肉まんが食べられなかったのが残念でした。

体調と相談しながら、無理のない日程で、鹿港を楽しんで来て下さい。30℃を超える夏の炎天下・・・となると
体力と体調に左右される気がしますが休憩を挟みながら、のんびり廻れば何とか歩けるのではないか、という気がします。

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• 月曜日, 6月 08th, 2015

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新北投温泉街のほぼ中央に位置する「梅庭」。こちらは数年前に一般開放されたばかりの比較的新しい新北投の観光名所です。「梅庭」と彫られた立派な表札がかかる石造りの門をくぐると、かの有名な書道家・于右任が避暑地として過ごしていた邸宅が現れます。ちなみに先の表札はご本人による作品だとか。

于右任は書道家としてだけではなく、清末~中華民国にかけての政治家・軍人・新聞記者・詩人…としても広く知られていますが、台湾へ旅行に来た我々にとって最もピンとくるのは「鼎泰豊」「行天宮」「台湾電力公司」などの看板の題字を書いた人、という説明ではないでしょうか?

 

台北市の史跡のひとつにも数えられる「梅庭」。入場は無料ですが、建物保護のため1度に入れる人数が決まっています。係員の指示に従い、また内部へは履物を履き替えてお入りください。入口には台北旅遊服務中心も設置されているので、観光情報も合わせて入手できますよ。

 

お庭が手入れが行き届いていてすばらしかったです。梅庭というだけあって梅の木が2本あり、小さなお花がかわいく咲いていました。こちらの建物、個人の避暑のためのおうちというだけあってこぢんまりとしていて居心地がよさそうでした。テラスからのながめもいいです。
お庭からは隣の公共温泉に入っている方たちがちらっとみえて温泉に入らなかった私達には興味深かったです。

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• 水曜日, 5月 27th, 2015

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高雄にはいくつかのデートスポットがありますが、ここはその中でも特に有名で、歴史的名所と眺望台、そしてレストランを兼ね備えた総合的なプレイスポットです。館内の調度品を見るだけでも価値がありますし、子供が好きそうな,ちょっとした迷宮もありますので、家族連れでもOK!

この灰色の建物は日本統治時代の無線通信基地です。当時ここは海洋観測所の機能を果たしており、岬の頂上にあったため、台風観測に適していたそうです。 建物は赤いレンガ造りなのに対して、この無線基地は灰色です。これは、日本政府が戦争時代的からの攻撃を避けるために灰色に色を統一した名残なのだとか。現在の領事館はレンガの赤色ですが、以前は同じく灰色だったそうです。この無線基地ちょっとわかりにくいところにあります。探してみてくださいね!

領事館の中は「ガランッ」としていて中にレストランやおみやげ屋さんがあるはず、、と探しましたが見あたりませんでした。中庭にはコーヒーショップがありましたが、ちょっと思っていたのとは違うかなぁ、という感じでした。あと、行くときはホテルからタクシーで出かけたので問題なかったのですが、現地は行き交う車も少なく、タクシーを捕まえるのもかなり大変だと思います。私はついたとたん、「ちゃんと帰れるのか?」と不安でいっぱいになりました。

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• 火曜日, 5月 19th, 2015

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入ってすぐの右側の部屋でチケットを購入。優しいおねぇさんからチケットを買った後でちょっぴりこわもてのガードマンさんにチケットを見せて入場。1枚で1階2階B1、さらに向かいにある土銀展示館これら全ての展示が楽しめるようになっていてお得かつ簡単で良いです。展示室に入る前に感動したのはすてきな建物そのもの。光が多く入るような窓の作りや白い壁とつややかな木材のコントラストもすてきですが、なにもいわずに上を見上げてみてください!見事なステンドグラス…ドーム型の中はこんな風になっていたのですね。

もう一方は「台湾的先住民」。先住民の住むエリアや民族の名称、それぞれの文化が紹介されています。特に先住民の色鮮やかな織物は見ていて楽しいです。そしてB1兒童探索館では「発見美麗島Formosa:帆船大冒険」と称して、パズルを解いて宝箱の鍵を開けるオリエンテーションになっています。

残ったNT$を使い切ろうと、小さな翡翠の干支ストラップを買いました。しっかりした作りで派手すぎず渋すぎず、とても気に入っています。全体に値段は高めですが、センスの良い物が揃っています。同じく空港内にある故宮博物院のショップに較べて少数精鋭の品揃えという印象でした。
今回は博物館には立ち寄れませんでしたが、次回はぜひゆっくり訪れてみたいと思います。

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• 日曜日, 5月 10th, 2015

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台北県三峡にある清水厳祖師廟は、17世紀、大陸からの移民(多くが客家人)によって創建され、この地域「三峡」の信仰の中心として、現在にわたって人々に愛され守られ続けてきました。荘厳に聳え立つ廟ですが、実はこの廟は既に2度も損壊しています。一度目は1833年の大地震の際でした。そして第二回は、1899年、日本の統治に反対したこの地元民衆との戦いの際、日本軍の焦土作戦によって焼き払われました。その後民衆の資金で再建を果たしたのですが、半世紀もたつと傷みが目立ってきます。そのため、1947年に大々的な修復兼再建作業が始まりました。

三峡清水厳祖師廟の再建を担った人も、当時の有名な芸術家でした。名を「李樹梅」といいます。若い頃から台湾の美術界で頭角を現していた彼は、27歳の時、東京美術学校(今の日本国立東京芸術大学の前身)で写実画を研究しています。彼は自分の作品の中でも、特に「台湾」の原風景や農村・農民の姿をよく描いており、郷土への深い愛着がみてとれます。その祖国への愛情が、郷土である三峡での清水厳祖師廟の再建運動への大きな動機となっているのです。

細部の至る所まで手を抜かない。未だ未完成。 これだけ精巧で手の込んだ事をしていたら、完成まであと100年かかるというのも頷けます。 清水祖師廟は単なる廟でなく、まさに芸術品。 復興に尽力した李梅樹の思いというのか、執念のようなものを感じます。 でなければあれだけのものを創れない。 息をつく暇がないほど、どこもかしこもすごい‥鳥肌もの。